経頭蓋磁気刺激療法によるうつ病の治療について(当院での磁気刺激は行っておりません)

はじめに
1. TMSの歴史
2. けいれんの有無
3. TMSのうつ病への応用
4. 磁気刺激の原理と副作用
5. TMSによるうつ病の治療
まとめ
藤田憲一医師の磁気刺激に関する研究発表と論文・著書

はじめに
うつ病に薬物療法が無効な場合が約20%存在します。このような難治性うつ病や、あるいは自殺念慮が強く、治療に急を要する場合には、電気けいれん療法(electroconvulsive therapy: 以下ECT)が選択肢の一つとなります。ECTは、向精神薬が登場する以前の古い治療法ですが、麻酔薬と筋弛緩薬も用いたmodified ECT(以下mECT)が開発され、最近ではその効果と安全性が見直されています。しかし、頭部に直接電流を流すことから、説明の段階で患者さんから同意が得られないことが、少なくありません。一方、最近ではECTと対比されることが多い経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation : 以下TMS)は、痛みを伴わずに、脳を刺激することが可能なことから、近年多くの関心が寄せられています。

1. TMSの歴史
TMSは新しい治療法です。TMSは以前は外科的処置により頭蓋骨を開けなければ行えなかった大脳への刺激を、非侵襲的に可能にした画期的な刺激方法です。TMSが実用的になったのは、Barkerら(1985)によるデモストレーションが行われてからです。そのデモストレーションは参加者に大きなセンセーションを巻き起こしました。当初TMSは、神経学的検査あるいは脳機能研究に使われていましたが、Hoflich ら(1993)が初めてうつ病の治療に用いました。そして、その後多くのTMSの抗うつ効果に関する報告がされています。

2. けいれんの有無
ECTはけいれん療法ですが、TMSは無けいれん療法です。もちろん、てんかん患者に施行したり、刺激強度や頻度を極端に上げれば、けいれんを誘発する可能性はありますが、定められた範囲内の刺激であれば、けいれんを生じることはありません。

3. TMSのうつ病への応用
TMSによるのうつ病治療の研究報告として主なものは、1995年GeorgeらがTMSで薬物治療抵抗性うつ病6例の治療を試み、4例で改善を認め、うち2例では著しい改善がみられたと報告しています。その後、Pascual-Leoneら(1996)、またGeorgeら(1997)が薬物治療抵抗性うつ病患者に対して行い、有意な改善を報告しています。このように、欧米では多くのTMSを用いた研究が行われています。

一方、わが国におけるうつ病に対するTMS治療の研究は、古賀教授・藤田講師らの研究グループにより進められていますが、海外と比べると、わが国では報告は少なく、TMSに関しては比較的慎重な態度がとられてきています。しかし近年、厚生労働省の研究班が、rTMSを用いてパーキンソン病に対する全国規模のトライアルを施行したり、TMSの刺激装置が医療器具として認可されるなど、わが国でも最近注目度が上がってきています。TMSが人に用いられてからおおよそ10年が経過し、様々な研究が行われてきましたが、現在のところ人に対する重大な副作用は認められていません。

4. 磁気刺激の原理と副作用
磁気刺激はFaradayによって発見された磁気誘導の法則に基づいています。磁気刺激装置より発生される電流がコイルに流れ、同時に垂直に磁場が発生いたします。その磁場の周囲に(二次)電流が発生し、この微量な電流が脳細胞を刺激するわけです。したがって、磁気刺激といいますが、実際には電気刺激なわけです。この磁気刺激を用いて脳の運動野を刺激いたしますと、足や手指を動かすことができます。つまり、二次電流が運動野の細胞を刺激するわけです。この刺激を用いて、うつ病の障害部位の一部と考えられている前頭野を刺激し、脳細胞の活性化をはかります。実際に脳血流量をSPECTで計測してみると、TMS後では血流量が増加することを藤田講師らのグループは確認しています。

また、TMSの副作用に関しては、稀に刺激部位の一時的な不快感、刺激後の集中力、反応性の低下が生じることがあると報告されています。また、TMSの禁忌は、心臓に対する直接の刺激、ペースメーカーなどの電気的生命維持装置やインプラントの使用者、てんかん、重篤な心疾患、脳腫瘍などの脳器質疾患です。

5. TMSによるうつ病の治療
次に、杏林大学で行われた治療の一部を紹介いたします。
うつ病と診断された13例にTMSを一日10分で10日間施行した結果、抑うつ症状の評価に用いるHAM-D得点(高いほど重症)がTMS開始前の17.5からTMS終了後には12.5まで有意に低下しました。今回対象となったうつ病患者さんの平均治療期間は9ヶ月をこえており、いわゆる遷延性あるいは難治性うつ病と呼ばれる、治りにくいうつ病の一群でありました。このように薬物療法が効かない患者さんに対しても、TMSが有効であることが示されました。

まとめ
TMSはECTと比較して手軽であり、麻酔も必要とせず、治療後の記憶障害などの認知機能にもほとんど影響を及ぼしません。そのため、外来でも容易に行えることが特徴である。効果に関しては、ECTとほぼ同等ともいわれますが、まだ研究段階であり明らかではありません。

 

最後に
このように、新しいうつ病治療法として関心が高いTMSですが、「磁気刺激療法 うつ病 クリニック 病院」などでインターネット検索していただくとおわかりのように、TMSの情報は氾濫しているものの、実際にTMSを行っている医療施設が現在のところほとんどありません。今後TMSが治療法として定着するか否かは今後の研究成果次第でしょう。

これまで述べてきましたように、確かに磁気刺激療法は安全な治療法ではありますが、まだ研究中の分野であることも事実です。磁気刺激および精神医学の確かな知識と経験に基づいた治療が慎重に行われる必要があります。そのためには、我が国で初期の段階から磁気刺激の研究に取り組み、現在は中心的存在である日本臨床神経生理学会の「磁気刺激法に関する委員会」の提言あるいは同学会の「磁気刺激法の臨床応用と安全性に関する研究会」の意見を参考にし、また国際的には磁気刺激の権威でもあるWassermannの安全性のガイドラインの範囲内で施行することが肝要です。

磁気刺激装置は大変画期的な装置ですが、やみくもに使用しては危険です。今後、磁気刺激療法が健全に安全かつ有効な治療法として発展していくことを願ってやみません。

 

藤田憲一講師の磁気刺激に関する研究発表と論文・著書

発表

1) 藤田憲一,松見達徳,黒坂英夫,中川和美,古賀良彦:経頭蓋磁気刺激が著効した遷延性うつ病の1例.第24回性格・行動と脳波研究会,淡路島,平成10年7月2日.
2) 藤田憲一,松見達徳,黒坂英夫,竹石仁,鈴木良美,古賀良彦:うつ病に対する経頭蓋磁気刺激の効果.東京精神医学会第53回学術集会,東京,平成10年7月11日.
3) 藤田憲一、松見達徳、黒坂英夫、中川和美、古賀良彦:Transcranial magnetic stimulationが著効したうつ病の1例.第28回日本脳波・筋電図学会学術大会,神戸,平成10年11月11日
4) 松見達徳、藤田憲一、杵渕裕貴子、森 数美、黒坂英夫、古賀良彦:経頭蓋磁気刺激の老年期うつ病に対する効果.第8回痴呆と脳波研究会,東京,平成11年2月6日
5) 松見達徳、藤田憲一、小池洋子、古賀良彦:老年期うつ病に対する経頭蓋磁気刺激の効果.第回日本精神神経学会,東京,平成11年年5月29日
6) 藤田憲一、松見達徳、小池洋子、古賀良彦:Drug-resistant depressionに対するTMSの効果.第2回日本薬物脳波学会,沖縄,平成11年年6月18日
7) 松見達徳、藤田憲一、小池洋子、古賀良彦:経頭蓋磁気刺激の抗うつ効果について.第25回性格・行動と脳波研究会,鬼怒川,平成11年7月2日
8) 藤田憲一、松見達徳、小池洋子、古賀良彦:単発経頭蓋磁気刺激の抗うつ効果について 第29回日本脳波・筋電図学会学術大会,東京,平成11年11月11日
9) Kenichi Fujita, Tatsunaru Matsumi, Koike, Yoshihiko Koga:SINGLE-PULSE TRANSCRANIAL MAGNETIC STIMULATION IN SENILE DEPRESSION, 第11回International congress of EMG and clinical neurophysiology,プラハ,9月8日1999年,
10) 小池洋、子藤田憲一、松見達徳、古賀良彦:単発経頭蓋磁気刺激の抗うつ効果について−SPECTを用いた検討−、東京、第2回ヒト脳機能マッピング研究会2000年3月18日
11) 松見達徳、藤田憲一、小池洋子、古賀良彦:単発経頭蓋磁気刺激の抗うつ効果、第22生物学的精神医学会,東京,平成12年3月31日
12) 松見達徳、藤田憲一、小池洋子、古賀良彦;単発性経頭蓋磁気刺激のうつ病に対する効果について.臨床生理学会,京都,平成12年12月15日
13) Ken-ichi Fujita:Slow magnetic stimulation of prefrontal cortex in depression. International society for Brain Electromagnetic Topography 12th world congress, Utunomiya,9th march 2001
14) 伊坂洋子、藤田憲一、松見達徳、古賀良彦;うつ病患者に対する単発性経頭蓋刺激の効果について,第3回ヒト脳機能マッピング学会,宇都宮,平成13年3月9日
15) 黒坂英夫、藤田憲一、古賀良彦;経頭蓋磁気刺激のうつ病治療への応用、性格行動と脳波研究会、徳島、平成14年4月28日
16) 藤田憲一、伊坂洋子、松見達徳、古賀良彦;TMSのうつ病治療への応用,第24回日本生物学的精神医学界,埼玉,平成14年4月12日
17) Ken-ichi Fujita:Slow magnetic stimulation of prefrontal cortex in depression. International society for Brain Electromagnetic Topography 12th world congress, Utunomiya,9th march 2001
18) Fujita Kenichi, Koga Yoshihiko; Clinical application of transcranial magnetic stimulation(TMS) as a treatment of major depression,Yokohama Japan, 24th-29th August 2002,
19) 藤田憲一、古賀良彦;うつ病治療におけるTMSとECTの比較、日本臨床生理学会(第13回磁気刺激法の臨床応用と安全性に関する研究会シンポジウム)、福島、2002年11月13日
20) 伊坂洋子、藤田憲一、古賀良彦:高頻度経頭蓋磁気刺激の抗うつ効果、第99回日本精神神経学会、お台場、2003年5月29日
21) 小林俊政、中島亨、藤田憲一その他:気分障害における反復経頭蓋磁気刺激前後の活動量―3例での知見―、第33回日本臨床生理学会、旭川、2003年10月1日
22) 藤田憲一、古賀良彦:rTMSのうつ病治療への応用、日本臨床生理学会、旭川、2003年10月2日
23) 藤田憲一:rTMSによるうつ病の治療、(厚生労働省精神・神経疾患研究委託費による)精神疾患関連班合同シンポジウム、東京、2003年12月16日

論文

1) 藤田憲一,松見達徳,黒坂英夫,渡辺直美,中川和美、古賀良彦:情動が認知機能に与える影響について−経頭蓋磁気刺激のうつ病に対する効果−.財団法人井之頭病院第研究紀要平成9年度(平成10年12月)p3-8,1998.
2) 藤田憲一,松見達徳,黒坂英夫,古賀良彦:経頭蓋磁気刺激の老年期うつ病に対する効果.Terapeutic Research 20(6), P232-235,1999.
3) 藤田憲一,松見達徳,古賀良彦:経頭蓋磁気刺激が効果を示した遷延性うつ病の一例.精神科治療学14(9), P1001-1007, 1999.
4) 藤田憲一,松見達徳,小池洋子,古賀良彦:単発経頭蓋磁気刺激の抗うつ効果について.臨床脳波41(9), P611-616, 1999.
5) 藤田憲一:経頭蓋磁気刺激(Transcranial magnetic stimulation)のうつ病治療への応用
臨床精神薬理2; P1251-12522、1999
6) 藤田憲一、松見達徳、小池洋子、古賀良彦:Drug-resistant depressionに対するTMSの効果.日本薬物脳波学会32−34,1999
7) 藤田憲一,松見達徳,古賀良彦:経頭蓋磁気刺激のうつ病に対する臨床応用.臨床神経生理学30(1) :29-37(2001)
経頭蓋磁気刺激のうつ病治療への応用 2002
8) 中高年期のうつ病-うつ病に対する電気けいれん療法と経頭蓋磁気刺激療法、老年精神医学13(7)、2002
9) 藤田憲一、古賀良彦:うつ病におけるTMSとECTの比較、第13回磁気刺激法の臨床応用と安全性に関する研究会、16-28、2003
10) 藤田憲一、古賀良彦:高頻度経頭蓋磁気刺激のうつ病治療への応用、脳の科学25:1071-1076、2003
著書
藤田憲一 古賀良彦,電気痙攣療法と経頭蓋磁気刺激療法. よくわかるうつ病のすべてー早期発見から治療までー.鹿島晴雄、宮岡 等.大阪.永井書店.平成15年12月 
p82―90